nishi.org 西和彦のコラム

メディアビジネス

#265 久しぶりに生放送2時間出演

2019-06-25

BSフジのプライムニュースに招待されて2時間でた。政府が決めたIT政策大綱についてIT担当の平井大臣から直接お話を伺えた。自分では緊張していないつもりだったがあとで録画を見ると目が緊張でつり上がっていた。ヒゲも剃っていないのや爪を切っていないのが4Kだから丸わかりで恥ずかしかった。自分で見て白髪が増えたなと、思った。

2019/06/18 『目指すべきIT立国論 “IT賢人”が直言!』【前編】
http://www.bsfuji.tv/primenews/movie/day/d190618_0.html


2019/06/18 『目指すべきIT立国論 “IT賢人”が直言!』【後編】
http://www.bsfuji.tv/primenews/movie/day/d190618_1.html

#245 映画の原点はフランスにもあった

2019-05-21

パリでオペラを見る機会があった。舞台と俳優の歌いとオーケストラの組み合わせで数時間の劇が上演された。それを見ながらフランスが国策としてオペラの上演をサポートしてきたことを考えながら、フランスが映画をやはり国策としてサポートしてきたことが腑に落ちた。アメリカのハリウッドは娯楽としての映画を追求してきたが、フランスの映画は娯楽というより文化の保護として育ってきたのだと感じた。映画を国策としてはっきりと保護してこなかったのがイタリアである。イタリアは歌劇場は素晴らしいが、歌劇場だけである。フランスは歌劇場と映画。アメリカは映画だけ。日本はどうだろうか。オペラを映画にする会社などない。ミュージカルをやっている会社は海外のものばかりだ。歌舞伎ぐらいが日本のオリジナルの舞台になるのだろうか。しかし歌舞伎の映画は聞いたことがない。これでいいのだろうかと思った。

#238 メディアの本質とは言語ではないか

2019-04-24

郵便、出版、新聞、インターネット、テレビ・ラジオのようなメディアについて考えてみる。これらに共通するものはなにか。それは紙メディアと電子メディアでは全くありようが違うが、よく見てみるとすべてに共通する部分というのは、言葉を伝えることができるということである。人間にとって写真とか音楽というのはあくまでも言葉の表現を盛り立てるものであって写真や音楽が言葉と同じようなコミュニケーションパワーがあるのかということは様々な意見があると思う。3次元スキャナーと3次元プリンターを組み合わせた立体物コピー機を作ろうとしているが、3次元コピー機は言葉をコピーすることはできないので、物好きのおもちゃで終わってしまうのではないかと、メディアの本質を考えながら思った。

#82 ポケモンGOは情報収集ツールになるのではないか

2016-09-06

先月から流行っているソフトのポケモンGOがある。このソフトはゲームとしてなかなかの出来であるが、ポケモンGOをしながらポケモンGOが強力な情報収集ツールになるということを思いついた。スマホのカメラ使ってGPSの情報をとっている。これはポケモンGOを遊んでいる人全員をスパイにするソフトではないだろうか。当局が知りたい場所にモンスターをばらまけば良い。例えば、北朝鮮のロケット発射場やイランの核燃料精錬工場など。人目をさけてこっそりやっているところを調べにに行くのにとても都合がよい。ポケモンGOはアメリカのソフト会社が作ったゲームであるから、中国や北朝鮮やロシアでは時間の問題で絶対禁止になるだろう。逆に中国で作られたポケモンGOのようなソフトや、ロシアで作られたポケモンGOのようなソフトが、アメリカや日本で流行るようになるかもしれない。これからのインターネットゲームとスマホとのドッキングは軍事的利用を考えたときとてつもない可能性を秘めているのではないか。それを知らないのはユーザーだけだったりして。最近防衛省が大学の研究にお金を出すといっている。こういうプロジェクトの提案も面白いかもしれない。

#56 新聞と出版は死ぬのか

2016-04-05

インターネットの時代になって新聞と出版の景気がどんどん悪くなってきている。夕刊はどんどん姿を消し、出版社の経営は悪化し、取次は廃業している。たしかに読者は変わりつつある。今まで家で新聞を読んでいた世代がなくなってしまった。スマホでニュースを読んでいる。マンガもスマホで読む。しかし本当にインターネットで出版と新聞が死につつあるのであろうか。そうでない部分も考えられる。ひとつは同じような議論がテレビが出てきたときにあった。テレビによって新聞はなくなる。そのなかで勇気を出してテレビをやるのだとテレビを始めた新聞社が成功を収めている。テレビ朝日やフジテレビや東京放送である。新聞とテレビは共存した。なぜならテレビはタダだったからである。新聞はテレビの番組表を夕刊に載せお互いに助け合う関係でこの半世紀進んできたのではなかったか。テレビと新聞の共存を見て出版界の人は、出版とウェブは共存すると思ったのではないか。たくさんの出版社が電子出版を大騒ぎして参入し、しかし黒字になったところはいまだ少数である。黒字の筆頭はマンガとエロ小説である。

ではなぜ新聞と出版が苦しんでいるのであるか。私はそれは読者の嗜好が変わっていきつつあるからではないかと思う。多くの読者がタダの情報を消費していて、タダの週刊誌の情報サイト、タダの電子出版サイト、もちろんタダのホームページを見るようになり、新聞や書籍につかっていたお金はスマホの通信料に変わってしまったのではないか。

新聞は憲法の言論の自由によって保護されているがゆえに何を言っても自由だ。右ならば産経、左ならば赤旗、インテリならば朝日、ビジネスなら日経、スポーツなら読売。ローカルなら東京新聞を筆頭にそれぞれの県単位の新聞などと、新聞は十人十色の以上のバラエティに富んでいる。このバラエティを嗜好する読者の情報選択行動がメディアの盛衰に直結するのではないか。右翼も左翼も需要は変わらないだろう。スポーツも需要は変わらないだろうが、読売はどんどんスポーツ新聞化するだろう。日経を読まないビジネスマンなんていない。おそらく一番部数を減らすのは、インテリにターゲットをしぼっている朝日新聞であろう。インテリはもはや新聞なんて読まない。今まで新聞を読んでいた時間にインターネットで自分がもっと情報を選び、誰でもが評論家のふりをしたブログを書く。

テレビ、ラジオ局は放送法によって公平中立が義務付けられている。最近総務大臣が変更している放送局は停波させるといって物議を読んだ。アメリカはこういう制限がない。こういう制限がなくなるのは時間の問題であろう。日本のテレビ局が新聞のように右と左とインテリとマネーと宗教とに分かれて、チャンネルがそれぞれ御用コメンテーターを抱えてバラエティに富んだテレビ放送が当たり前になるのが目の前にきている。

最近のメディアはマスコミ(新聞テレビのこと)もインターネットもひどすぎる。まだ立候補もしていないタレント候補者のスキャンダルや議員のスキャンダルやタレントのゴシップや犯罪者の犯罪の詳細についての記事が多すぎる。かくいう私もなんか事故が起こると全録ハードディスクレコーダーをみながら、どこの局がどういう論調で報道しているのかを比較して楽しんでいる。でも足腰をいかした機動力を持って取材をした記事は少なく、インターネットのまとめサイトみたいな番組ばかりでだんだん飽きてきた。結局ここ15年間スマホで育ってきた世代に対して、スマホ的な情報提供をするようになったテレビと、スマホ的なホームページを作り続けているメディア各社が売れているだけのことではないか。だから浅くて軽くて早いものはテレビとインターネットにまかせて、新聞と出版は時間がかかってもの深くて重いものに方向を変えていけばよいのではないか。高品質を好む読者はいつの時代にも必ず存在する。しかしそれが行き過ぎたら独りよがりの世界に突入して奈落の底に落ちていくだけである。不特定多数と特定少数の線引きが大切なのである。そういう変化が紙の世界とエレクトロニクスとの新しい共存を作りだしていくのではないか。

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