nishi.org 西和彦の独り言

西和彦の人生

#95 4月からの新しい大学の仕事

2017-03-02

60歳になったので、去年の3月、17年勤めた尚美学園大学を退職した。退職したときにありがたいことに名誉教授の称号をいただいた。とりあえず、最年少の名誉教授なのだそうだ。称号のご通知のお知らせに大学の悪口をいったら称号を取り消す、犯罪を犯して刑事罰に処せられたときは取り消す、などなど。但し書きが書いてあった。いつ何時取り消されるわからない称号なので、名刺にはいれていない。

大学での仕事をもうやめるということではなく、次にどうゆう仕事をしたらよいのかということについて考えてみた。

1つは音楽芸術系の大学で引き続きマルチメディアを中心としたコンテンツのことを研究教育する。

2つ目はエンジニアリング中心の大学に戻ってインターネットとマルチメディアを研究開発教育する可能性を追求するということ。

3つ目はどこかのビジネススクールで、ベンチャービジネスを教えるということ。

この3つの可能性に加えて、本来ならば、IT関連の専門学校に関わるという話もあったが、地元の一人の議員の反対にあって断念した。今さらこのことを書いてもなにも誰も幸せにならないので、長くは書かないがそれはそれはひどい言葉で中傷された。インターネットで検索した情報だけをたよりに中傷するのはひどすぎる。 一人の議員の言葉は一人の言葉ではない。この議員に投票した数百人住民の声があるということを忘れることはできない。

短期的にはエンジニアリングの世界にもう一度戻りたいと思っている。今までのパソコンインターネット関連の積み残しの研究と開発を取り組んでみたい。また、長期的には音楽および映像の教育機関においてクラシックや次世代のコンテンツの開発にも、取り組んでみたいと考えている。エンジニアリングに10年、ミュージックとアートデザインにさらに10年、取り組めるようなこれからの人生であったらよいと考えている。

#73 私の飛行機の計画

2016-07-01

インスタグラムに彼女と一緒にプライベートジェットに乗っている写真をアップした男がいる。東京と神戸をプライベートジェットで通っている人もいるそうだ。神戸空港の関係者が言っていた。 自分は新幹線で神戸まで通っている。そういう人たちのやっていることをみて、自分なりの飛行機プロジェクトを考えてみた。

単発の軽飛行機を買おうと思う。しかし軽飛行機なら何にも使えない。だからフロートがついている水上飛行機と同じタイプのフロートのついていない中古の機体を安く買って、フロートだけ新品を求めてつけるのはどうだろうか。中古の機体は5000万もしない。フロートは数百万円である。つまり5000万以下で楽しい自家用飛行機が買えるといういことである。問題は日本の海上の飛行機の離着陸の法規制である。アメリカで許されていることであるから、日本の航空局もしかるべくちゃんと話をすれば前向きに考えてくれるのではないだろうか。老後のために完全看護のケアホームに入るために5000万円を出すより、水上飛行機を買って十分楽しんだあとにサン=テグジュペリのように墜落するような人生の終わりかたがしたい、と考えたが、飽きるまで乗ったあとにもう一度中古で高く売るのが落としどころか。

#48 60歳を迎えて

2016-02-19

2月10日の誕生日にパーティーをしてもらった。藤原洋さんが発起人代表になってくれて、150人の人が集まってくださった。大変ありがたかった。しかし今自分と一緒に仕事をしてくれている身近な人は来てもらうことはできたが、会場がせまくて昔からの知り合いの人にお誘いすることができなかった。「なんで俺をよんでくれなかったのか」「なぜ私を無視したの」というお叱りを大変頂戴した。大変申し訳なかった。そのうち次の就職が決まったら、もう一度2度目の宴会をしようと思っている。

当日はパーティーでなにも食べれず、帰りの新幹線の中で、おみやげのお赤飯を食べた。お赤飯2人前を胡麻をかけて食べた。とても幸せな気持ちになった。

#47 60歳を迎えるにあたって

2015-12-30

2月に60歳になる。還暦である。15年ごとに転職してきたので、転職することにはした。しかしまだ決まっていない。この15年間メディアを中心に音楽や映像に取り組んできた。その方針は変えないで内容をもっとハードウェア的なものに移してゆこうと考えている。

還暦や還暦を過ぎた知り合いが本を出版したりパーティをすることが流行っている。藤原洋氏の本はたいへん正確であった。最近インプレスから出た古川享氏の本は自慢ばっかりでたいへん気分が悪い。まるで裁判の陳述書のようだ。1ページ読むたびに腹が立つ。古川個人が業績として何をやったのかをはっきり書かないで、オブラートに包んで全部自分が関係してやったように書いている。会社との秘密保持契約はどうなっているのか。こんなことをペラペラ本に書いていいのか。本を読みながら、自分の本は古川の本のような自慢タラタラの本には決してしたくないと決心した。知り合いが「腹を立てるのは60歳の大人らしくありませんよ」とお節介のメールをくれた。ほっといてくれ。しかしこれがきっかけとなって、自分も自分の本を書くことにした。年末までに15歳までを完成させ、1月中旬までに30歳。1月下旬までに45歳まで書いて、1日1年というスピードで取り組む計画を立てた。2月末に本が出なかったら還暦落第なのだ。出版社はまだ決まっていない。最悪でもKindleで出版はしようと思う。売れ行きをみながら出版社にお願いにいこうか。

来年から仕事は変わるが還暦という意識は捨てようと思う。昔の人の60歳と現代人の60歳は違う。だから60年間の人生の延長線上の上に2016年があると考えようと思う。「誕生パーティをしてやってもいいぞ」という誘いはまだないが、誕生日は普通の日のように過ごそうと思う。スパゲッティの出前でもとって。年末の30日も普通の日のように仕事をしている。健康な体があって自分の好きな仕事が山ほどある。気の合う仕事仲間がいる。こういうことがどんなに幸せなことなのかということにやっとこの歳になって気がついた。もっと早く気がついておればよかったのにね。願わくは自分がこれからする仕事が人に喜んでもらえて、世の中の役にたつようになればこんなうれしいことはない。そういう気持ちで今の仕事と新しい仕事に取り組んでゆきたいと思った。

#40 ビル・ゲイツ60歳の誕生パーティー

2015-11-03

10月の末にビル・ゲイツの誕生パーティーがあって、シアトルにいってきた。場所はビル・ゲイツの自宅の大ホールだった。写真はたくさん撮ったが公表すると「次は呼ばない」と言われそうなので、写真は公表できない。招かれた人はビルのお父さん、お姉さん、妹をはじめとする家族。ウォーレン・バフェットを筆頭とする財界の大物、ジェフ・ベゾスもいた。ところが50歳の誕生日から変わったことがあった。ポール・アレンがいない。スティーブ・バルマーがいない。昔のマイクロソフトを支えた巨人たちが一人もいなかった。とてもびっくり。反対に今のマイクロソフトの大幹部は全員集合していた。もちろんゲイツ財団の大幹部も勢ぞろいしていた。そこで私は次のように思った。ビル・ゲイツは過去のマイクロソフトと決別して、新しい社長の率いる新しいマイクロソフトと本気で仕事をしようとしているのではないか。表面的にはCEOから引退したと言われているが、引退した創業者の元に創業仲間が一人もいず現役の大幹部勢ぞろいの誕生パーティーなんてあるだろうか。これなかった人がビデオで言い訳を述べているのが、傑作だった。ホワイトハウスの人、フェイスブックの人(お金出してもらっているからね)、有名なベンチャーキャピタリストなどなど、このビデオが上映されたときにみんなで大笑いをした。僕が欠席してもビデオを送れとはこないかもしれない。

話は変わって天皇とその取り巻きの皇族、華族、貴族との関係は、天皇との血の濃さ、天皇との距離感で決まるという。会場の端の席で眺めていて、着席の席順は綿密に考えらえた素晴らしい配列であったことを発見した。ビル・ゲイツの奥さんのメリンダに「素晴らしい着席順でした」と言ったら、「大変だったのよ。喜んでくれて嬉しい。」と言っていた。

アマゾンの社長のジェフ・ベゾス氏に会った。ベゾスが開口一番に言ったことは「おまえはビルの友達か?」「そうだ」と答えると、「俺はビル・ゲイツの友達で、お前はビル・ゲイツの友達だから、友達の友達は友達だ」と言った。私はこの言葉でベゾスが一発で好きになってしまった。

ビル・メリンダ・ゲイツ財団の理事長を7年間務めたジェフ・レイクス氏に会った。久しぶりに話をしていると、彼は、僕が1981年にしたスピーチの内容を覚えていて、「たしかお前はこんなことを言ってたぞ」と披露してくれた。なんでそんなことまで覚えているの?」と聞いたら「その日は自分がマイクロソフトに入社した日だったから」だそうだ。レイクス氏はマイクロソフトでOfficeというソフト群を束ねた企画者である。僕は彼のスピーチを大して気をつけていなかったのでなにか彼に関係することはないかと、一生懸命思い出して、レイクス氏の奥さんの結婚前の苗字を言った。たまたま覚えていたからだ。そしたら奥さんがすごく驚いていた。レイクス氏に「お前うちの奥さんに気があったのか」、と聞かれたが、「その時俺は結婚していたのよ」と言っておいた。

30年前に喧嘩してマイクロソフトを辞めた僕を忘れずにずーっと誕生日のパーティーなどに呼んでくれるビル・ゲイツに感謝したいと思う。喧嘩早く人と仲直りしたことのない僕に人と仲直りをするということの大切さを教えてくれたのは彼である。

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